ヨルダンで思いの他 効率よく見たかった場所をまわれてしまったため、2日半ほどの余裕ができた。アンマンからイスラエルへの国境は近い。次にいつ来るのか?来ようと思うのか?ということを考え、日程的にかなりの強行軍だが、エルサレムとベツレヘムに行くことにした。
期せずして訪れたこの機会。本当は聖書を読み直したりしてからゆっくりと来たかった場所であるが、何か惹かれるものがあればまたくるだろう、と思った。
X'mas休暇のためどの宿も特別料金(平常時の2倍ほどにもなる!)を設定するほど観光客が多かった。どの宿も空室が多かったヨルダンやエジプトと大違い。 日本人ほど欧米人はイスラエルをテロが怖い国とは捕らえていないのかもしれない。確かにテロは各地で起こっているが、今のところ、観光名所になるようなところではあまり起こっていない。たとえばエルサレム。ここは本当に重要な地であるがため、「ここで何か起きたらかろうじて保たれている均衡は壊れ、応酬合戦ですべてがご破算になる」という認識を皆が持っているからか、表向き平和が保たれているようにみえる。
宿にあった古いガイドブックから地図だけコピーしてもらい、あとは現地で情報収集。国境に関する情報はころころ変わるので、本はあてにならない。宿の人より、国境は土日はクローズ。金曜は午後13時までというなまけっぷり情報を頂く。出発が木曜で土曜の夜便でカイロに戻らなくてはならないので、実質1.5日しかいけない。せめて目一杯すごそうと、6:30出発。昨夜、ぺトラ行きに運転してもらったドライバーのアリに再会していたので国境までの運転をお願いしておいた。国境のあるキングフセイン橋まで1時間ほどの距離で15JD。バスもあるが時間を節約したいので。彼は実家がイスラエルなので、色々と情報をくれた。しかし、彼のいうベツレヘムから国境へのバスもジェリコからエルサレムへのバスもなかったし、結構情報はあてにならなかった。
7:45に国境に着くが、誰もいない。国境を渡るには8:30のバス(2.5JD)に乗るか VIP タクシーに乗るか。45分も待ちたくないが、タクシーは $82 と超ぼったぐり価格である。仕方なく待ちぼうけ。飲食できる店なんかもなくとにかく退屈。結局出発は抗議の甲斐もなく9:15。覚悟はしていたが、2時間に一度しか越えられない陸路の国境など私の中では前代未聞だ。
イスラエルの入国審査はさすがに厳しい。イスラエルのスタンプの押されたパスポートではイスラエルを国として認めないイスラムの色々な入国できなくなる。ゆえに国境で「スタンプを押さないで」とお願いしたのだが、それをやると怪しまれて理由を聴かれる。「いつかイランやシリアにも行きたいから」「シリアにはもう行ったのか?」「いや」「レバノンは?」「いや」。これで私は許された。しかし、それらの国を回ってからこの国に来た日本人は保留後に放置され、この国境を越えるのに4時間かかったと言っていた。
アリは世界最古の街と言われるジェリコに行くことも勧めたので、どうせ道中、と他の観光客と別れてバスに乗る。が、途中色々な場所でバスは検問を通り、乗客の身分証明を全部チェックしたりするので大層時間がかかる。イスラエルでの街間バス移動は時間に余裕をみておいたほうがよさそうだ。
国境とバスで時間がかかり、アリの話では10時にはエルサレムに着くということだったが、結局ジェリコに着いたのが12時という状況。
ジェリコのバス停は街の中心にはない。改めてまわるとエルサレムを見る時間も無いので、泣く泣くエルサレム行きバスをその場で探す、が、ない。人に聞くがセキュリティの都合だかで、エルサレム行きのバスはないという。タクシーの運転手のよくあるウソかと思ったが、誰に聞いても同じ事を言うか英語が通じないかなので仕方ない。タクシーでエルサレム行きのバスがでる場所まで連れて行ってもらい($10)、バスをとる(5S≒130円)。
エルサレム着は想定外に昼過ぎ。腹ペコだったので、バス停横の屋台で羊の脳ミソパンやらを食べていざ旧市街へ。そこにどんな宗教都市が?! と期待を胸に旧市街を囲む城壁をくぐると・・・そこは人と物でごったがえす市場。街は迷路状になっており、見通しのよい場所が存在しない。ベネツィア同様、地図があっても街歩きは難しい。宿を取って城壁の上を歩きながら、1つのハイライトである嘆きの壁の向こう側、岩のドームを目指す。上を歩く人はほとんどいない。見えるのは屋根ばかりだが、道を歩くよりはさすがに見通しがよい。途中、広場や学校など子供がたまっているポイントがたくさんあって、いちいち絡んでくる。ある少年たちは金くれなどとうるさいので無視していたらでかい石を投げてきた。当たったらしゃれにならん大きさのものを。ひどすぎるぞ宗教都市の子供よ。エルサレムはLonely Planetにあるよう、あまり治安のよい場所ではないようだ。
一番行きたかった場所、岩のドームに続くゲートは午後2時でイスラム教徒以外には閉じられていた。明日の金曜も土曜もは開かないので、結局イスラエルのハイライトにはいけないことになってしまった。非常に残念だが、信仰者の大切な場所を、大切に思う人だけで過ごす時間は確かに貴重で、観光客を締め出す時間があるというのはよいことだと思った。それに、エルサレムにもう一度来る理由ができた。
冬至直後なのでほとんど何も見ないうちに既に日が傾いていた。しょんぼり当てもなく歩いていると、マリアの生家を見つけた。この辺りからキリストの最期(復活前の)のゆかりの地が続くのを追うのが定番。ということをガイドを勧誘してきた青年に教わったので、パンフレットだけ買って、ゴルゴダの丘のキリストが十字架にかかった場所にある聖墳墓教会まで歩いた。
しかしながら、ここで聖書の中のあの出来事が実際に起こったということが想像できなかった。建物が密集した街になってしまったからなのか。しかし世界20億の信者を抱えるに至った宗教の、クライマックスの地である。土地がそのドラマの記憶を保持していて、私に何かを語りかけてくるのではないかという淡い想いを持っていた。しかしそれは裏切られた。やはりそういうことは、ある程度でもその世界を実在のものとして感じられる人にしか来ないのだろうか。サタンが古代インド人に憑依することが決してなかったように。
ただ一箇所、狭い入り口をくぐり数人ずつ順番に入る黄金の礼拝場所では、現実感が飛ぶ少しおかしな気分になった。狭いその場所での空気の成分や動きが違いや、何かを期待する気持ちがそうさせたのか、天からの視線が絡み付いていたのか。わからない。離人症の感覚。そういったところで何かが解き明かされるわけではないが、幼少のころ、親しんでいた感覚だった。しかし、他の"信者"の様子を見ても、劇的な何かが発生しているようではなかった。
2日目は早起きをしてオリーブ丘に登り、朝焼けに染まる旧市街を眺める。市街は淡い色に統一されているので綺麗に映える。しばらく眺めて、ベツレヘムへのバスに乗る。
イスラエルの治安維持のための力のいれようは並ではない。キリスト生誕の地ベツレヘムは街ごとフェンスに覆われていて国境を通過するかのようにチェックされて初めて入ることができるようになっていた。柵の中の聖地で生活する心境はどんなだろうか。天へ通じる空間が開けていれば、自由を感じていられるのだろうか。
生誕教会自体は私にとって特に見ごたえのあるところはなかった。ただ、その地下で行われていた司祭の詠唱の澄んだ声が心に強く刻まれた。私のイメージの中のキリスト生誕の地は馬小屋という形であったから、なんとなく、その場にいるという気がしなかった。次のクリスマスを迎えても、この日自分が見たものと結びつけて考えることができないような気がする。本当は街中を、朝から晩まで歩き回って、土地の感触を、空気の匂いや密度を十分に感じたかった。しかし、ベツレヘムという街を感じるにはあまりに滞在時間は限られていた。またこの場所にかえって来る理由を残した。
昼過ぎには国境を越えないと日本に帰ることができない。何が起こるかわからない国境なので、早めに出発する。アリがあるといった国境へのバスは朝にしか出ていないようだった。とりあえずバスでエルサレムまで戻り、タクシーの運転手に交渉して国境まで100S連れて行ってもらう。バスタクシーが一人35Sなのを考えると安い。が、出国税が134Sとべらぼうであった。とにかく一般人が乗る国境通過バスの便数の少ないこと。国境通過は2時間かかった。
アンマンの国境から街まではバスはない。が、運良く往路チャーターされたタクシーの運転手が好意で拾ってくれた。こういう場合、復路に客を乗せてはいけないという決まりがあるとかで、「お金はくれとは言えない」と、真摯な様子。言葉にあまえて5JDのお礼で乗せてもらった。